細胞培養 特別講義 第18回から3回にわたり、物質・材料研究機構 兼 早稲田大学理工学術院の谷口彰良先生にご寄稿いただきます。
先生が学生時代にどのように細胞と出会ったのか、恩師との出会いは?そして研究者として達成感を得た際のエピソードを、ご研究内容を交えてご紹介いただきます。
同じく細胞の研究をされている方々、これから細胞に初めて触る方々など多くの皆さまに楽しんでいただける内容になっているかと思います。どうぞご覧くださいませ。
■ 講師紹介ページ:物質・材料研究機構 谷口 彰良 先生
" ありふれた「細胞との出会い」 "
物質・材料研究機構 グループリーダー
早稲田大学理工学術院 教授
谷口 彰良 先生
「君、のぞいてみないか?」「え、僕ですかぁ?」その先生は突然そう話しかけてきました。たまたま立ち寄った培養室兼天秤室での出来事です。それは私が大学3年生の冬。学年末試験の追試が1つも無かった私は配属が決まっていた研究室に他の学生よりも一足早く出入りしていました。
私は恐る恐る顕微鏡を覗いてみました。当時の顕微鏡はただの倒立顕微鏡で位相差などついていなかったので、なかなかピントが合いませんでした。少し苦労していると突然ピントが合いました。その瞬間私は思わず「なんじゃーこれは!」と叫んでしまいました。それはヒトのマクロファージでした。血液からガラスウールに結合するマクロファージを分離して培養したものでした。私は素直に「これはすごい!」と思いました。そこにはアメーバのようなマクロファージが手に取るように見えました。若くて純粋?だった当時の私は簡単に細胞に魅せられてしまったのです。それと同時に「しまった・・。」と後悔しました。
私は一足早く研究室に出入りしていたので教授から「他の学生より先に好きなテーマを選んで良いよ」と言われていました。当時の私はタンパク質に興味がありました。タンパク質はアミノ酸の配列の違いで様々な働きをするスーパー分子だと思っていました。タンパク質を研究して将来はこれを診断や治療に応用する研究がしたいと考えたわけです。今でこそ抗体などを用いたバイオ医薬品が医薬品の主流ですが、当時としてはそれはとてつもなく大きな夢でした。教授が示した細胞を使った研究テーマには全く興味を示さず、イムノアッセイの研究テーマを選んでしまっていましたのでした。なんだか得体の知れない細胞を相手にしても思うように研究が進まないような気がしていたのです。しかし、顕微鏡を覗いた瞬間に「細胞の研究、アリだな!」と思うようになりました。
それから私はマクロファージの研究を横目で見ながら卒業研究、修士課程とイムノアッセイの研究を続けました。当時は自分の血液からマクロファージを分離するという今では倫理的にも問題がある手法を使っていたわけです。しかも、細胞の精製度は低くアッセイ系は不安定で再現性の乏しいものでした。このアッセイ系を用いてサイトカイン(当時はリンホカインと呼ばれていた)を精製しようという当時としてはアグレッシブなテーマでした。現在ではHL-60細胞などの細胞株を使う安定で再現性の良い実験系がありますが・・。残念ながら結果は相当苦労した挙句、精製は失敗に終わりました。私はイムノアッセイの研究でこの間2報の論文を国際雑誌に出すことができました。結果的にはこの時点で細胞の研究に飛びつかなくて良かったのかも知れません。
それでも「いつかは細胞の研究をやるんだ!」という決意は変わることはなく、と言うよりはさらに強くなって行きました。修士課程修了後さらに2年後についにやっと細胞の研究を始めることができました。それから幸にも私はずつと細胞の研究を続けることができました。これは37年前の私の話です。細胞の研究をされ、細胞に魅せられてしまった方には私と同じようなそんな物語があるのではないでしょうか?
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