極東製薬は今年で創業81年目、実は創業を戦前にさかのぼる歴史のある会社です。
当社が生まれたのは1933年(昭和8年)、生まれたての当社は「合資会社旭東製薬所」という名前でした。「きょくとう」の表記が「旭東」であるあたり、時代を感じさせます。世田谷から始まった当社は、現在では本社を東京日本橋、工場を茨城県高萩市に置いています。
このブログで紹介している古い精密天秤の現物は、茨城県にある高萩工場の応接室に飾られています。形こそ若干異なりますが、同様の精密化学天秤がノーベル博物館のキュリー夫人実験室にも展示されているそうです。それほど昔から科学者達を支えてくれた化学天秤、今では現代の技術に追われて滅多に使われなくなってしまいましたが、その造形は工芸的な美しさを感じませんか?
<精密化学天秤(推定1960年代)>
今の当社は微生物検査、生化学・免疫検査、細胞培養関連製品と多岐にわたる製品群を世に出すメーカーですが、創業時はペプトン製造業者としてスタートしました。初代社長:菊地照吉が慶応義塾大学の研究所でペプトン製造のノウハウを身に付けて生産を開始しました。
そのペプトン・エキス類、今も当社の大事な製品群として活躍しております。
では、なぜ初代社長はペプトンを選んだのか?それは当時の時代背景が密接に絡んでいます。
創業当時、戦前の国内産業においてペプトンの入手は輸入に頼るしかなく、貴重な外貨が国外へと流出する一方でした。そのため、当然国も国産化を推進しており、その要求に応えて当社が誕生したのです。
戦前より、当社は国産初のペプトン、肉エキスを内務省関係機関に納品し、その後は日本陸軍特別指定工場として稼働していました。戦後は、ペニシリンの大量生産が開始され、製薬会社への出荷も増えていきました。
これが、当社が何故ペプトン製造からスタートしたのかの答えです。
当時のペプトンは微生物培養向けでしたが、今は微生物だけでなく動物細胞培養の分野でも活躍を期待されています。
当社誕生のきっかけともなったペプトン製品群、これからも活躍して欲しいものです。
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