今回は、第2回, 第8回を担当いただいた順天堂大学の垣生園子先生より「なぜT細胞だけが胸腺で分化するのか?」というテーマでご寄稿いただきました。
免疫細胞の中でもT細胞だけが“胸腺”で成熟する謎の解明には、細胞培養技術の進歩も重要な要素だったようです。非常に興味深いテーマとなっておりますので、ぜひお楽しみください。
■ 講師紹介ページ:順天堂大学 垣生園子 先生
順天堂大学医学部 アトピー疾患研究センター 客員教授
垣生園子 先生
免疫反応の司令塔と言われるT細胞は、他の免疫系細胞と違って骨髄では発生・分化せず、骨髄と離れた遠隔地の胸腔内ある胸腺という臓器内で誕生する。<細胞培養 特別講義2>で触れたように、ヌードマウスやディージョージ症候群のよう胸腺が欠如している個体ではT細胞が生体内に存在しない。なぜ、他の免疫細胞と異なった臓器でT細胞は分化するのか?そこで分化することがT細胞機能にどのような影響を及ぼすのか?約50年の長きに渡って謎であった。
個体発生学的及び解剖学的に、胸腺の微小環境(ニッチ)は骨髄とは異なっていることが1960年代には既に解っていた。ニッチの違いとして多くの研究者が注目したのは、骨髄の骨格を作っているのは間葉系細胞であるのに対し、胸腺のそれは上皮由来の細胞であるという点にあった。一般に上皮系細胞は様々な物質を分泌・産生すると考えられていたので、胸腺上皮細胞もT細胞分化を誘導する因子を発現しているに違いないと想定された。実際、胸腺ホルモンという言葉が、研究論文にもよく見かけられた。
培養液の改良による細胞培養技術の進歩に伴い、1980年代にはニッチ特異的分子探しへの挑戦が始まった。それにはまず、胸腺から上皮細胞を純粋に採取して培養することが求められた。しかし、遊離している免疫系細胞と違って、リンパ球を除去した胸腺上皮細胞の培養や細胞株の樹立及びその機能解析は困難を極め、胸腺上皮細特異的分子の研究はことごとく失敗に終わった。その主たる原因は、培養液ではなく胸腺上皮細胞特有の胸腺の臓器構成にあった。胸腺上皮細胞は腸管上皮のように基底膜上に整列しているわけではなく、リンパ球を取り囲む網籠のような立体構造を作っている。胸腺上皮細胞は単離・培養する過程でバラバラになり培養皿の底に一層にへばりつく状態となる。その結果、我々が後に発見した胸腺上皮特異的分子が失われてしまっていたのである。
胸腺臓器培養の開発:胸腺上皮細胞培養に成功しなかった頃、胸腺内でのT細胞分化を追跡するために考案されたのが、胎仔胸腺を用いた臓器培養系である(Fetal thymic
organ culture, FTOC)。あるいは単離した上皮細胞と未熟リンパ球を混ぜて軽く遠心して緩やかな立体構造を作り、filter上に乗せて培養する方法(re-aggregation thymic organ culture,
RTOC)で、骨髄から移入したばかりの“あすなろ”T細胞が、どのように胸腺構築中で分化するかを、種々の遺伝子やタンパク質の発現を指標にして経時的に解析した。その結果、胸腺内でのTリンパ球自身の分化に関する沢山の情報を得た。興味深いことに、この方法はいずれも英国で開発された。まさに、私が留学していた時のことである。
胸腺上皮細胞に特異的なT細胞分化に関わる分子の発見は、上皮細胞の培養系の研究からでなく、遺伝子欠損実験を駆使した造血幹細胞の分化におけるNotch分子の役割解析から生まれた。すなわちNotch欠損マウスでは、T細胞のみが分化できなかった。T細胞が分化しないヌードマウスでは、胸腺上皮が適正に分化しないことが原因である。それでは、Notchにシグナルを入れるリガンドが胸腺ニッチに発現しているのではないか?と考えた。そこで、Notch
リガンドを欠如するマウスを作成すると、見事にT細胞は欠如していた。
胸腺ニッチの研究の歴史は、iPS細胞等からin vitroで分化させた細胞から組織構築に挑戦する上でも参考になるかもしれない。最近の培養技術は、in
vitroで立体構造を保つ方法の開発が進んでいる。
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