細胞培養特別講義 第3回の講師は、第1回にもご登場いただいた順天堂大学 奥村康先生です。
■講師紹介ページ:順天堂大学 奥村 康先生
様々な研究、抗体医薬品にも活用されているモノクローナル抗体、これが出現する前はどのように研究が進められていたのか? 今でこそ当たり前のようにHybridomaから欲しい抗体を入手できますが、昔の研究者はどのようにして手に入れていたのか?
2編にわけたエピソードを先生ご自身の体験談からご提供いただいています。モノクローナル抗体が出現するまでの苦労と、普及に至った道のりを前後編あわせてお楽しみ下さい。(後編は1月掲載予定です)
免疫の主役であるリンパ球に両横綱的な役割をするT,
B細胞が知られています。また脇役とも考えられるNK細胞も大切な役割をしています。T細胞とB細胞は全く独立して仕事をしているのでなく、互いに情報交換しながら体を守っていることが知られています。単細胞ですから、ばらばらに体中を血液やリンパ管の中を通ってパトロールしているのですが、細胞同士が時に接触したり、またリンフォカインと呼ばれる液性の分子を介してお互いに会話していることが知られております。
B細胞は、的確に細菌やウィルスといった相手に命中するミサイルに相当する抗体を産生し、自分は現場に行かなくても抗体分子を飛ばすことが出来ます。丁度、艦砲射撃のような役割がB細胞です。T細胞は、それ自身現場に行ってウィルスや細菌と戦う地上軍のようなキラーT細胞という働きが知られていますが、加えてT細胞にはもう一つB細胞に指令を出してミサイルを沢山撃ち込ませるヘルパーT細胞と呼ばれる役割が解明されたのが1960年代半ばです。
私は大学院の時、偶然ですがそのヘルパーT細胞の存在を確かめる実験をしているうちにT細胞には、B細胞にミサイルの発射を止めるような役割、すなわちサプレッサーの働きがあることを見つけました。これが原因で人生が狂ってしまい臨床医の道ではなく基礎免疫学の世界に入りました。その頃、本当にT細胞には二種類すなわちブレーキのサプレッサーとアクセルのヘルパーがあるかどうか議論が湧き上がりました。それに決着を付けるべく、当時、米国スタンフォード大学で開発中であった生きたままリンパ球を分離する機械、セルソーター(FCM)を使う目的で、開発者のL.A.Herzenberg教授の下に留学しました。
細胞を分離するためにはT細胞に目印を付けなければなりません。目印を識別する抗体が最も重要になってきます。当時、ニューヨークのスローンケタリング癌研究所で開発された抗体を供与してもらい、キラーT細胞と同じ分画にサプレッサーT細胞が含まれヘルパーとは異なるという結果を発表しました。その当時の抗体は、系統の異なるマウス同士で免疫したいわゆるアロの抗体で、大変貴重でした。スローンケタリング癌研究所に台湾からきていたShen博士は抗体づくりの名手で、私達は三顧の礼を尽くして分与してもらったことを覚えております。マウスから得られる抗体の量は少ないため貴重で、時に研究者同士取り合いになったこともしばしばです。
そうこうしているうちに英国のケンブリッジで画期的な抗体産生方法が見つかったというニュースが飛び込んできました。FCMを上手く使うためには、抗体の良し悪しが一番大切です。Herzenberg教授はすぐにサバティカル(長期休暇)を取ってケンブリッジのMilstein教授の研究室に行きました。同行する若手として私が選ばれたのでしたが、その頃の日本の大学の職員すなわち文部省の所属の助手には留学期間に制限があり私は付いて行けず、同僚のVernon
Oi君が同行し、彼が米国では初めてのHybridoma、すなわちモノクローナル抗体作製の技術を持ち帰ってきました。
Milstein教授とKöhlerの発明発見は当然その後ノーベル賞に繋がるのですが、不思議なことにHybridomaやモノクローナル抗体の技術は何故か特許になっていません。当時の英国の大失敗かもしれません。もし特許になっていたら何十兆にも及ぶ経済効果があったことは間違いなく、そのぐらい全世界の研究室、また臨床で広く利用されている革命的な技術と発見でした。
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